実態はペーパー気象予報士なのですが、たまに気象予報士試験のコツについて聞かれることがあります。
先日「数学や物理が苦手なので計算問題を捨てて気象予報士試験に取り組みたいです」と相談されました。
実際に数学が苦手で計算問題は割と捨ててたけど合格した人はちらほら見かけるので、ハンデにはなるとは思いますが戦術として考えるなら良いのではないでしょうかと答えたのですが、この回答は無責任であったと後悔した話です。
気象予報士に対する違和感
気象予報士は気象予報士試験に合格した集団です。
専門家集団について考えるとき、人生のチュートリアルを終わらせる たったひとつの冴えたやりかた
というスライドが端的にまとまっていたので引用したいと思います。
- 専門家集団には、その集団が共通に持っている常識がある
- 成員の8,9割が、他の成員の8,9割が知っているだろうと思っている知識
- 常識は掃ききることが大切でゼロがひとつあったら全体もゼロになってしまう
- 専門家集団は入れ子になることもある(初期の研修医と専門医のように、集団として広いほうが常識の範囲が狭い)
- 専門家集団の常識は目的から決まっており専門分野が変われば常識のセットは大きく変わる
- 専門家集団の仲間入りしたいのであれば、その常識を得るしかない
- 何が常識であるかは中の人しか分からないので聞くしかない
つまり気象予報士になりたいのなら気象予報士として必要な常識を身に着けることが求められます。
ただ必ずしも気象予報士には数学的な知識が常識として求められると言えないと感じます。
気象予報士に対しての元来のイメージと誤解
私にとって気象予報士とは気象学に対する知見を問うものだと考えていました。
気象学とは「地球の大気で起こる諸現象(気象)や個々の流体現象を研究する学問」であり、そのため背景にある数学や物理学的な知識も不可欠なのだろうと。
そのため三角比や熱力学などの高校卒業時点での物理や数学の基礎範囲くらいは理解する必要があると思い勉強していました。
ただ実際のところ、そのような数学的な知識がなくとも気象予報士として話すことはできます。
気象予報士の全体の8,9割の人が、高校卒業での基本的な数学的知識を備えているとは思いません。(これは批判ではないです。備えているから偉い・偉くないという話でもないです)
私は大気現象を熱力学・数理モデルという視点から論じられるようになりたいと考え気象予報士を受験していたので、合格後に気象予報士というものを誤解していたと気付かされました。
気象学を深めること ≠ 気象予報士 だったのです。
なお実際に解析や論じる場合は熱力学や統計の知識が必要であると常々感じられるので気象予報士には数学的知識が不要であるという意見ではないということには注意してください。
数学的な知識がなくても気象予報士はとれるかもしれませんが、気象現象について詳しく知りたいなら絶対に数学・物理の知識は必要です。
温帯低気圧がなぜ必ず東側に温帯前線、西側に寒冷前線になるのかは温度風の関係やコリオリ力に関する数学的知識が必要ですし、気象予報士に合格するより私はこの疑問が気になって勉強していたようなものです。
気象予報士は想像しているより集団として知識に関して分散が大きい可能性があります。
そこを念頭において質問する際には回答する人の属性に本当に気を配ったほうが良いです。
「数学や物理が苦手なので計算問題を捨てて気象予報士試験に取り組みたいです」
先ほどの入れ子構造の話から仕事として気象業務に関わりたい場合はペーパー予報士に上の質問すべきではないです。
自分が属したいと思う専門家集団では必要な常識なのかが分からないからです。
数学や物理にどれくらい向き合わないといけないかは実際に働いている専門家集団に聞くべきです。
もしキャスターになりたいのであればキャスターに、気象予報士として前線解析をしたいなら前線解析をしている人に本当に聞いたほうが良いです。
なので「数学や物理が苦手なので計算問題を捨てて気象予報士試験に取り組みたいです」という質問は、私に質問しても有意義な回答が得られないどころか無責任に回答して誤った方向性を示す可能性があるのでむしろ害悪であるともいえます。